クリスマスマーケットの輸出戦略
12月のハイライトの一つは、ドイツのクリスマス・マーケット。日本で喧伝されている3大クリスマスマーケットの一つ、ニュルンベルクを訪れた。ニュルンベルクにはクリスマス期間だけで200万人の観光客が訪れるという。
わざわざ旅行しておきながら、しょせんクリスマスマーケットと高をくくっていた。三大と言っても、木の小さな小屋(ヒュッテ)が広場にずらっと並んで、クリスマスグッズやホットワイン、ソーセージ等の定番メニューを買える、クリスマスマーケット・パッケージがあるだけだろうと思っていたのだた。しかし、何というか、本場は違った。
英語に、“festive”という表現がある。
英日辞書を引くと、「①祝祭の、祭日の、②はなやいだ、陽気な、浮かれる」という意味だが、クリスマスっぽい雰囲気、気分を表す単語でもある。
その日は歩きながら、この“festive”という単語が頭の中に踊った。これまで日常生活で使ったことはなかったが、これがfestiveか、と妙に納得したのである。木の小屋が立ち並ぶ小道を歩いて回るだけで、ほっこりと幸せな気持ちで満ち足りてくるのだ。
冬の寒い研ぎ澄まされた空気の下、小屋から溢れる一つ一つの作る光とマーケットを見下ろす教会、売っているモノは違くても、各お店に一貫したクリスマスらしさ。その下でたくさんの人達が家族や友人と思い思いに過ごすゆっくりとした時間。子どもたちが教会前で歌うクリスマスの歌。
これら全てが一体となって、クリスマスらしい、素敵な時間が流れる。
クリスチャンでも何でもなく、一人で行った外国人の私に、ここまで幸せな気持ちにさせてくれる、本場クリスマスマーケットはすごい。
伝統の力
1530年に始まったというニュルンベルクのクリスマスマーケット。人々の信仰、生活に根差し、長く続いてきたお祭りだからこそ、160を超えるお店がある大きなマーケットでも、地域がクリスマスらしさを支えることができるのではないだろうか。
Wikipedia英語版によれば、クリスマスマーケットの発祥は諸説あるが、ドイツのドレスデンが発祥の地とされており、遡ること、1434年。神聖ローマ帝国下にあった、現ドイツ、オーストリア、スイスの多くの都市で開催され、最近ではクリスマスマーケット・パッケージが国際的に輸出されている。私が住んでいるフランス語圏のスイス・ジュネーブのみならず、ドイツ以外の多くの国でクリスマスマーケットと名のつくものは見ることができる。日本でも六本木ヒルズや横浜の赤レンガ倉庫で開かれているらしい。
これまで行ったクリスマスマーケットの数は片手では足りないが、全てヨーロッパ版縁日のようなイメージだった。例えば、ジュネーブのクリスマスマーケットは、町の中の公園で開かれ、そこに30ほどヒュッテが立ち並ぶ。ぱっと見、クリスマスマーケットっぽい。ただ、教会がないということもそうだが、お店自体も縁日の雰囲気だ。飲食が7割で、国際都市ジュネーブらしく、内訳も日本のお好み焼きもあれば、メキシコ料理のブリトーもある。雑貨を売るお店も伝統的なクリスマスのオーナメントを売っている場所は1、2店舗で、普通の雑貨店が出前で出している形である。
露店が並ぶちょっとした非日常空間を作るシーズンもので、それはそれで楽しいのだが、どこか雑然としており、クリスマス感は残念ながらほとんどない。ただ、考えてみれば、伝統的にクリスマスを祝う人口も少なければ、お店もほとんどないので、本場ドイツのような空間は作り出せないのも当然だろう。
クリスマスマーケット・パッケージの輸出効果
同時に、ドイツの広報文化戦略の観点からは、本場とは違うクリスマスマーケットにも大きな意味はある。クリスマスマーケットが世界の色々な場所で楽しめ、親しみを持てるようになることは、本場ドイツのブランド力を高め、観光地としての魅力を高めることにつながるだけでなく、ドイツの生産者にとって新たな輸出市場を与えることになるからだ。ちょうど良い統計がなかなか見つからなかったが、2017年にはドイツのクリスマスマーケットに8500万人(含むドイツ人)もが訪れたという。この観光集客効果には目を見張るものがある。更に、2000年代にドイツのクリスマスマーケットを本格的に導入したイギリスでは、訪問者を引き付ける本物っぽさを出すために、ドイツのソーセージ、ドイツの生産者の出店を促しているとの報告があった。
ドイツは、クリスマスマーケットだけではない。ビールのお祭りオクトーバーフェストも同様にドイツ発で世界的に導入されているお祭りだ。その国らしさの輸出はインバウンドを促し、中小の生産者に機会を生むことになる。ドイツの国際的な取組はお祭りの多い日本の良いモデルになるかもしれない。そんなことを思ったドイツのクリスマスマーケット訪問だった。