やまんばと

2018年6月からスイス・ジュネーブ在住。ヨーロッパの田舎、日本の地方をキーワードに発信。

スイスと山遊び

東京に戻ってきてから1年が過ぎた。

戻ってきてからはずっとコロナで、本来なら存分に楽しみたい友人との再会も実現できないままだ。それでも、この1年合間を縫って楽しんだことがあるー首都圏からそう遠くない日本の山々だ。

行く度に山の魅力に魅せられ、今年はテント泊での縦走を目指すべく、ついにテントや寝袋などの装備一式を買いそろえてしまった。 

日本でも、地方を切り口に細々と更新を続けたいと思いつつ、コロナがあるしばらくは山中心になりそうなので、山ど素人だった私が山に魅せられるようになったきっかけになったスイスでの生活について紹介したい。

山=最高の遊び場

スイスにいた2年間での大きな変化の一つが休日の過ごし方だった。スイスに行く前は、山といえば週末に日帰りで高尾山に行くか、父の実家の長野に行く程度だったが、スイス滞在中、夏にはハイキング、冬には末スキーと、気づけば月2回以上のペースで山に向かっていた。

夏のハイキングは、「ハイジ」さながらのきれいな草原と花々に彩られた山を歩く気持ちよさがたまらない。遠くで聞こえるカウベルを頼りに牛の姿を探したりしてみる。さらに、登った先で山小屋で食べるおいしいご飯は最高の贅沢だった。

スキー自体は10年以上のブランクがあり、最初はびくびくしながらだったが、3,000メートル級の山が連なるアルプスの山々に囲まれてのスキーと山の上でのビールと太陽が格別でブランクを忘れて楽しんだ。

かくして、山に目覚めたのだが、これは、スイスの山が特別だったから、というよりも、スイスでの生活が山が最高の遊び場だということを気づかせてくれたのだと私は思っている。 

f:id:hika_o:20210509165900j:plain
f:id:hika_o:20210509165807j:plain
f:id:hika_o:20210509165909j:plain
スイスの山々(夏、秋、冬)

 1.ワークライフバランスの良さ

まず何より、スイスでは、仕事以外に力を残せる環境を作りやすかった。

東京で働いていると、仕事の忙しさで平日に十分な休息をとることができず、休日は体の回復に使うか、平日の自由な時間のなさを埋めるように、生産的に過ごそうとついつい予定を入れて忙しくしてしまいがちだ。

しかし、ジュネーブでは、多くの場合19時過ぎ頃には仕事を終えることができていた。同僚に、”Work is not everything”が徹底しており、相手がある仕事で、遅くまで残っても仕事が進まなかったので、業務のペースが自然と周囲に合わされていった。

あとは生活面でのある意味での不便さ。軽食を買えるスーパーは19時にほとんどが閉まり、24時間営業のコンビニ的な存在としてキオスクはあるものの、おいしいご飯は皆無。レストランという案もあるが、一度入ると時間もお金もかかるので、毎日の選択肢にはならない。夜の残業を支える生活インフラがなかったことで、おなかを満たすために早く帰ろうという気持ちが強くなったのである。

平日に睡眠時間を取ることができ、かつ仕事以外に時間を使うことができたので、週末に体力も残り、週末に仕事以外の色々を全部詰め込む必要がなかった。

2.ジュネーブの娯楽施設のなさ

余力はあって週末に時間があっても、ジュネーブには、悲しいかな、週末を充実させる選択肢があまりない。

東京であれば、買い物や飲食のできる選択肢、娯楽施設はたくさんあり、また、めまぐるしく変化する。東京にいるだけで、飽きることなく、何となく楽しく週末を過ごすことができる。

ジュネーブではそんなことはない。そもそも人口20万人の都市を約1000万の東京と比較すること自体フェアではないかもしれないが、ジュネーブという町は毎週末過ごすには小さく、お店の選択肢も少ない。人工的な娯楽施設は映画館と湖沿いのスパ、小さな美術館くらい。更に、日曜はほとんどのお店が閉まっている。 

3.娯楽としての山の魅力

ここで、山に行こうという発想が自然と出てくるのである。そして、スイスでは、鶏が先か卵が先かだが、この山=娯楽を下支えするものが色々あると思う。思いつくのは以下の点。

  • アクセスの良さ
    車を1―3時間走らせれば、美しい山々に辿り着く。公共交通機関もよく発達しているので、電車で行くこともできる。
    フランスのシャモニー(Chamonix、標高4810メートルのモンブランで有名)、ムジェーブ(Megève)は、いずれもジュネーブから車で1時間足らず。
    スイスのユングフラウヨッホ、マッターホルンは、電車/車で2時間半程度。
  • 幅広いニーズに対応
    ロープウェーやトレイルの整備が進んでおり、子連れからお年寄りまで楽しめる環境になっていること。3,000メートル級の山も含めて高尾山並みに整備されているイメージで、初心者にも高山の美しさを見せてくれる。同時に、トレイルから外れてマウンテンバイクで降りていく強者もいたり、より険しい道をがっつり装備して登っていく人達もいて、上級者のニーズにもしっかり応えている。
  • 山小屋でのご飯が充実
    ロープウェーを登りきったところに、大体山小屋がある。山小屋と言っても小さな宿泊施設ではなく、多くの場合ホテル兼レストランとなっていて、スイスの典型的な料理がそこまで高すぎない値段で色々と楽しめる。太陽の近くで山々を眺めながら飲むビールは格別で、スキーの時も大体頂上付近のこうした山小屋で食事、一杯を終え、下っていく。

このように、最初はどちらかというと、体力は有り余っているのにジュネーブにいても週末やることがないというところから始まった山巡りだったが、山の魅力に魅せられて、山遊びのファンになった。

私は、日本の山の魅力自体はスイスに負けないと思っている。市場の大きさの違いか、全体の充実度はやはりスイスのほうが高いが、日本でも、場所を選べば、アクセスの良さや幅広いニーズへの対応などはあるし、山小屋はスイスの方がバリエーションは多かったように思うものの、個性豊かな山小屋もあり、楽しめる。私の周りで山好きは数えるほどしかいないが、日本でも、きっかけがあれば、山遊びがより多くの老若男女の選択肢になるのではないかと思う。

結局のところ、スイスに行く前に山の魅力に気づけなかったのは、東京での忙しい生活と刺激にあふれた生活が理由なのかもしれない。足元に転がる宝石に気づくことができなかっただけ。今は東京の忙しい生活に戻ったが、山には定期的に足を運んでいる。

山遊びは、単純に楽しいだけでなく、自然環境への理解の深まり、観光産業の発達、田舎へのポジティブなスポットライト等副次的なメリットもたくさんあるはずだ。

スイスの山に行くと驚くのは、小さな子を背負って上るお父さんにすれ違ったり、スキーの超難関コースを大人に遜色なく降りていく子供たちに出会ったりすること。子どもの頃から自然がとても身近であれば、私のように海外で暮らす経験を待つまでもなく、自然の魅力を発見していくことができるのかなとも思う。